2010/06/30に、北大理学部で開催された、「高精細映像フォーラム」に参加した。
「高精細映像」とは、現在のフルハイビジョンの4倍の細かさまで表現する映像のことで、解像度が4倍のため、4K映像とも呼ばれる。
実際見るまでは、「そんなきれいになってもねえ~」という懐疑論者だったのだが、実際を見て考えを変えてしまった。
私が注目するのは、「今見えるものをきれいにする」ための高精細ではなく、「見えないものを見る」ための高精細だ。
どういうことかというと、高精細映像で撮影した古文書や絵画は、拡大-縮小がとても簡単な画像データになる。「あ、ここが気になる。もうちょっと拡大...次は全体との関係をみるために縮小して...」ということがマウスの操作だけでできるようになるのだ。たとえそれが巨大な壁画であっても、モニター上で扱えるデータとなるため、好きな部分に移動し、気になった部分を拡大して表示することができる。
もちろん、撮影時に写っていないものは見えない。そういう意味でのデジタルの限界はもちろんある。しかし、自分の時間の許す限り資料に向き合えることのメリットは大きい。「高精細映像」で撮っておけば、かなりのディテールまで記録されていることになるため、虫眼鏡で資料を隅から隅まで見ることが、誰の気兼ねもなく可能になるのだ。
そういう意味で、私が「高精細映像」に食いついたのは、その、「顕微鏡」的な使い方に関してだ。
図書館などのデジタルアーカイブも、どんどん解像度をあげていくべきであろう。それが、テクストのみならず、物質としての文書を扱うのならば。
もちろん、デジタルによって捨象されるされるものはある。今後、さらに高精細の映像が現れたときに、現在の撮影技術ではこぼれ落ちるものがたくさん出てくる可能性はありうる。
しかし、そんなことを言っていてはアーカイブを作ることはできない。今後撮影機材の性能があがれば、それに対応してデータもアップデートしていく必要はあろう。しかしながら、劣化資料の記録をとどめ、多くの研究者に使い易い形態で提供する上で、現状の最高水準の画質でデジタル化する必要は十二分にあると思う。
高精細映像フォーラムの報告
「高精細映像」とは、現在のフルハイビジョンの4倍の細かさまで表現する映像のことで、解像度が4倍のため、4K映像とも呼ばれる。
実際見るまでは、「そんなきれいになってもねえ~」という懐疑論者だったのだが、実際を見て考えを変えてしまった。
私が注目するのは、「今見えるものをきれいにする」ための高精細ではなく、「見えないものを見る」ための高精細だ。
どういうことかというと、高精細映像で撮影した古文書や絵画は、拡大-縮小がとても簡単な画像データになる。「あ、ここが気になる。もうちょっと拡大...次は全体との関係をみるために縮小して...」ということがマウスの操作だけでできるようになるのだ。たとえそれが巨大な壁画であっても、モニター上で扱えるデータとなるため、好きな部分に移動し、気になった部分を拡大して表示することができる。
もちろん、撮影時に写っていないものは見えない。そういう意味でのデジタルの限界はもちろんある。しかし、自分の時間の許す限り資料に向き合えることのメリットは大きい。「高精細映像」で撮っておけば、かなりのディテールまで記録されていることになるため、虫眼鏡で資料を隅から隅まで見ることが、誰の気兼ねもなく可能になるのだ。
そういう意味で、私が「高精細映像」に食いついたのは、その、「顕微鏡」的な使い方に関してだ。
図書館などのデジタルアーカイブも、どんどん解像度をあげていくべきであろう。それが、テクストのみならず、物質としての文書を扱うのならば。
もちろん、デジタルによって捨象されるされるものはある。今後、さらに高精細の映像が現れたときに、現在の撮影技術ではこぼれ落ちるものがたくさん出てくる可能性はありうる。
しかし、そんなことを言っていてはアーカイブを作ることはできない。今後撮影機材の性能があがれば、それに対応してデータもアップデートしていく必要はあろう。しかしながら、劣化資料の記録をとどめ、多くの研究者に使い易い形態で提供する上で、現状の最高水準の画質でデジタル化する必要は十二分にあると思う。
高精細映像フォーラムの報告
