2009年11月アーカイブ

09/11/28名古屋大学にて開催された日本比較文学会中部大会に参加。

晴れて暖かいのである。

「新詩における過去との葛藤 ―「嘗試集・自序」と「新体詩抄序」の比較」王艶珍さんの発表は、日本/中国における、いわゆる「近代詩」のメルクマールとなる詩集の「序」を比較分析する試み。

「嘗試集」という中国白話詩の嚆矢となる詩集の知識はまったくなかったので、収穫であった。

しかしながら、「嘗試集」は1920年刊、「新体詩抄」は1882年。この開きをどう考えるか、なんらかの装置が必要だろう、とも感じた。というのも、「嘗試集」が刊行された1920年には、日本の「詩」のステージは大きく変わり、既に「口語詩」は自明のものとなっている状況があるからだ。

さて、これを中国の近代詩の「遅れ」ととらえることもできる。しかし、そうした立場には危険を感じる。中国の詩の近代化を、日本の詩の近代化に「遅れ」て開始したととらえること自体が、その二つを「同じ」土台の中で位置づけるという、論者自身による均質化の身振りにほかならないからだ。

「嘗試集」も「新体詩集」も、それぞれの刊行時における個別の文脈を持っているはずであり、それらの個別のコンテクストを把握しつつ分析することが必要だと思う。
09/11/22、鏡花研究会に参加。

秋山先生の発表は「観光」を軸に、鏡花作品を読み替える試み。

田中先生は、「旅」「鉄道」を軸とした鏡花作品の読解。

吉田先生の発表は、「鏡花本」と言われる鏡花の美しい装丁を論じるものであった。

さて、発表とは別のところで、朗読、肉筆の持つパワーが容易に発動するトポスの力を若干感じた会合でもあった。「鏡花先生」に「憑依」体験する層にそれらは猛烈に力を発揮するのだ。おそらく。たぶん。

11月25日の日本アニメ文化研究会@金沢大学は、共通教育講義棟C10教室にて行います。

なぜC10なのかは、後々明らかになるであらう。
『日本近代文学』第81集が届く。

ぱらぱらとしか見ていないが、日比嘉高氏の「展望 拝啓、先生 ...とか。」が痛烈である。

学会の沈滞という事態を痛烈に批判するために選ばれた、文学テクストに擬された文体を選ぶという戦略。

わたくしは昨年まで北海道という遠隔地にいた関係上、学会というものにはほとんど参加したことがない。また、自分自身の怠惰さと、研究に対するゆらゆらしたぶれぶれ態度により、研究としてのキャリアパスとしては、ほぼ絶望的な位置にいる。それを何とかするためにも刺激を受ける場にどんどん出て行く必要があるのだが、その場自体を相対的に眺める視点が必要だと感じさせられた。

日比嘉高氏と私は、ほぼ同年代であるが、私の怠惰さがなんと今の私の位置を転落させていることよ。

においのあるばらんぼりあ草がゆらゆらと、ゆらゆらと、にたり笑いをする夕べ。
国際児童文学館の存続について云々するのはいまさら感をぬぐえないので微妙であるが、ICTシステムに関心のあるものとして興味を惹かれたもの。

それは、「こわい本」「たのしくなる本」「悲しい本」といった、「感情」をキーワードにして本を検索できるシステムだ。

子どもは、検索する際に、「書名」や「著者名」をキーワードにして検索するにはハードルがある。

それよりも、「こわい本が読みたい」「元気がでる本が読みたい」という要望で本を要求する。

それらの検索指向に対応するため、国際児童文学館では、ゲーム形式で子どもの欲求をテストした後、それぞれの感情にタグ付けられた本を推薦するというシステムが導入されていた。

これは、アーカイブの提供の形として非常に興味を惹かれた。対象の検索行動を踏まえた上での検索システムの構築は、私が不勉強なのでそれがどの程度広がりと普及をしているのかわからないので、感想にしかならないが。
昭和文学会2日目のイベントとして大阪国際児童文学館に行ってきました。

明治・大正・昭和初期の貴重書、戦後に行われていた「紙芝居」の原資料、散逸することの多い雑誌の付録類まで、厳格な管理システムにより整理・保存されています。

閉館までに、私が再びここに来ることはおそらくできないでしょう。
「文学」と「音楽」をその関係において論じると言うことは、大変な困難と危険に隣り合わせた作業だ。

加藤邦彦氏の発表にも「わたしはここでいわゆる「詩の音楽性」を問題にしたいのではない」と前置きされているように、安易に「この詩には音楽性があります」といったり、「この詩の音楽性は~に帰着します」といったりすることは、フィクションとしての「音楽」を前提にした空疎な論にならざるをえないだろう。

私の関心の圏内にある、詩の分野に関しても、それが活字テクストとして提供されている以上(もちろん、当時の発表形態においてそれが様々なバリエーションを孕んでいることはありうる)、それは「音楽」とは無縁なものであって、そこにおける「音楽」は仮構のものにしかなりえない。

そもそも、ある詩を「声に出して読む」際に、それをどう音声化するのか、という時点で、乖離は既に生じている。

広瀬正浩氏の発表では、「文学研究において、いかに音楽を研究するかのアプローチの可能性」をとても整理して提示しており、頭の手助けとして非常に有益であった。

大原祐治氏の発表においても坂口安吾とエリック・サティをめぐり、安吾において仮構された「音楽」がどのようなものであったのかが明らかにされていた。(すいません、会場外でのおしゃべりに夢中で最初の方を聞き逃しました。。)

細川周平氏による日本近代音楽史についての講演は、「勉強になりました」以外のなにものでもなかった。本当に、勉強になりました。日本近代の「音楽」史について、「音楽」という言葉の成立から現代までの整理。



猛烈なる多重な位相に分裂するわたくしをけらけら笑う「音声」の幻影がプリンティングされていく京都の朝なのですよ。
明日11/14に京都、花園大学で開催される昭和文学会に参加します。
大会テーマは「文学と音楽の昭和」ということで、詩を研究する者として非常に有意義なものとなると期待しています。

また、発表者のひとり、今年度から千葉大学に赴任された大原祐治先生は、国際日本文化研究センターの研究会以来ですので、お会いするのが楽しみです。

坪井秀人先生の『声の祝祭』と、瀬尾育生先生の『戦争詩論』をひっぱりだして読み直しています。


夕ぐれの境目にゆらゆらじゃんけんをするわたくしがいるのですよ。
わたくしは猛烈に遠回りな人生を歩んでいるわけですが(目的地がわからないので、それは遠回りですらない)、研究の出発点となった山村暮鳥研究をきっかけにお誘いいただいた暮鳥会の会報「風景」に記事を寄せるべく準備をしています。

思えばもう既に十年以上前の論文がきっかけです。その後、塾講師にはまったり、高校の非常勤、大学の非常勤でかつかつ生活して人生を空転させていたわけですが、原点に帰ろうと思い加倉井さんに連絡をとりました。

研究というより、茫漠たる回想を語るエッセイになってしまいそうですが。

暮鳥研究は、『聖三稜玻璃』の前衛性を評価する軸と、その後のいわゆる人道的な作風あるいはキリスト者としての暮鳥から読み解いていく軸と二極化している現状について考察したいと考えています。
今月25日に学内でやっている研究会で発表します。
フランクな研究会なので、学外者も全然歓迎。

第三回日本アニメ文化研究会

日時:11月25日 16:30~
場所:金沢大学・角間キャンパス内のどこか。続報を待て。

発表者:竹本 寛秋 (金沢大学 大学教育開発・支援センター)

題目:現実と仮想を往来する痛車たち―Forza Motorsportsを軸として

概要:レースゲームであるForza Motorsportsを基点として、ヴァーチャル/リアル双方にまたがる文化現象を検討してみたい。
Forza Motorsportsは、自分の車に様々なペイントが施される機能が搭載されている。それを受けてゲーム上で様々な「痛車」を制作するフリークが出現し た。この「痛車」ブームはヴァーチャルな世界を飛び越し、現実の自動車レースであるSuperGTで、「初音ミクBMW」という「痛車」を登場させるきっ かけともなったといえるものである。
こうした現象は、Forza Motorsportsの開発元であるTURN10をも動かし、最新作のForza Motorsports 3 では、レースゲーマー、ペインター、チューナー、フォトグラファー、ムービー作者など様々な層のプレイヤーが参入できコミュニティを作ることができるソフ トウェアプラットフォームが用意されている。
本発表においては、こうした状況をふまえ、オンラインゲームにおける仮想/現実の問題に関して議論を広げたい。

竹本寛秋について

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