09/11/28名古屋大学にて開催された日本比較文学会中部大会に参加。
晴れて暖かいのである。
「新詩における過去との葛藤 ―「嘗試集・自序」と「新体詩抄序」の比較」王艶珍さんの発表は、日本/中国における、いわゆる「近代詩」のメルクマールとなる詩集の「序」を比較分析する試み。
「嘗試集」という中国白話詩の嚆矢となる詩集の知識はまったくなかったので、収穫であった。
しかしながら、「嘗試集」は1920年刊、「新体詩抄」は1882年。この開きをどう考えるか、なんらかの装置が必要だろう、とも感じた。というのも、「嘗試集」が刊行された1920年には、日本の「詩」のステージは大きく変わり、既に「口語詩」は自明のものとなっている状況があるからだ。
さて、これを中国の近代詩の「遅れ」ととらえることもできる。しかし、そうした立場には危険を感じる。中国の詩の近代化を、日本の詩の近代化に「遅れ」て開始したととらえること自体が、その二つを「同じ」土台の中で位置づけるという、論者自身による均質化の身振りにほかならないからだ。
「嘗試集」も「新体詩集」も、それぞれの刊行時における個別の文脈を持っているはずであり、それらの個別のコンテクストを把握しつつ分析することが必要だと思う。
晴れて暖かいのである。
「新詩における過去との葛藤 ―「嘗試集・自序」と「新体詩抄序」の比較」王艶珍さんの発表は、日本/中国における、いわゆる「近代詩」のメルクマールとなる詩集の「序」を比較分析する試み。
「嘗試集」という中国白話詩の嚆矢となる詩集の知識はまったくなかったので、収穫であった。
しかしながら、「嘗試集」は1920年刊、「新体詩抄」は1882年。この開きをどう考えるか、なんらかの装置が必要だろう、とも感じた。というのも、「嘗試集」が刊行された1920年には、日本の「詩」のステージは大きく変わり、既に「口語詩」は自明のものとなっている状況があるからだ。
さて、これを中国の近代詩の「遅れ」ととらえることもできる。しかし、そうした立場には危険を感じる。中国の詩の近代化を、日本の詩の近代化に「遅れ」て開始したととらえること自体が、その二つを「同じ」土台の中で位置づけるという、論者自身による均質化の身振りにほかならないからだ。
「嘗試集」も「新体詩集」も、それぞれの刊行時における個別の文脈を持っているはずであり、それらの個別のコンテクストを把握しつつ分析することが必要だと思う。
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