京都大学国際シンポジウム「学術研究における映像実践の最前線」に参加した。その1

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その2があるかどうかは謎である。

さて、ものすごく実り多いシンポジウムだったのである。これだけのシンポジウムを開催できるというのはまさにデスメタルである。一秒間にどれだけ音を詰め込めるかというくらいの密度なのである。

セッション7のテーマは「ヴィジュアル・イメージと社会―親密圏と公共圏の再編成にむけて―」

丹羽美之氏の発表は「記録映画の保存と活用―記録映画アーカイブ・プロジェクトの事例から―」
さて、ただでさえ映画はアーカイブとして残らないものであるのだが、そのなかでも、商業ベースではない所謂「記録映画」をアーカイブし活用できる形にしていく作業の必要性は、研究の基盤として強調しすぎてもしすぎることはない。

このセッションで特に印象に残ったのは、松本篤氏による「映像コミュニケーションにおける"ローカル"の価値 ―ビジュアルアーカイブプロジェクトAHA!の事例報告―」だ。
松本氏は個人の"タンスの奥"に死蔵されているプライベート・フィルム―それこそ個人的結婚式の記録といったもの―を収集しているわけだが、注目すべきはそれを収集するというところだけにはない。
収集の過程において、そのフィルムの所有者とともに上演会を行い、上演によって呼び起こされる当事者の「記憶」を問題化していくのだ。さらには、「公開上演会」―そのフィルムと全く関係のない人々も含めた上演―を行うことで、氏の言う「誤読」の可能性を追求する。ここでいう「誤読」とは、私の理解では、他人によって刻まれた「痕跡」としてのフィルムから、見る者自身「記憶」を引き出していく作業だ。そこにおいて、多様な人々の「記憶」が交錯する。これは研究であるとともに、非常にアクチュアルな実践だ。

これは、ぜひ行くべきシンポでしたよ。

その2、に続くかもしれないし、続かないかもしれない。

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このページは、Hiroaki TAKEMOTOが2009年12月14日 22:02に書いたブログ記事です。

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