2010年2月アーカイブ

昨日(2010/2/27)、国際日本文化研究センターで行われた共同研究会「東アジアにおける知的システムの近代的再編成」での発表が終わりました。

「「新体詩以後」はいかにして「日本の詩の系譜」に接合されたか ―1920年代における「詩の起源」言説をめぐって―」というとても長いタイトルにて発表したわけですが、ここにおいて行った試みは、1920年代以降に猛烈に発行される「日本近代詩史」の著作を検討することで、「新体詩」がどのように「日本民族の詩の系譜」の中に位置づけられるかを検証したものです。

すなわち、「新体詩抄」にはじまると言われている「新体詩」は、ある意味、西洋からの影響により「接ぎ木」されたものとして、詩史の中の異物として存在していたわけですが、それが1920年代以降、「記紀万葉民謡歌謡」から説き起こされる「日本の伝統詩」の中にまさに「するっと」挿入されていく。それによって、「日本の近代詩」が言葉通りの意味として「日本が自然に生み出した日本固有の詩」としての位置づけを獲得していくわけです。

鈴木貞美先生からは「詩ばっかり見てないで、和歌とか別の文脈を見ていかないと...(以下省略)」というご意見を賜りました。いや、まさにその通りなのですが。。
その他にもブラッシュアップしていくポイントが明確になり、非常に有益な意見をいただきました。

さて、これを論文にせにゃああかん。。

以下の写真は、懇親会での某先生の灰皿...
DVC00617.JPG


これは預言である。

昨日(2010/2/17)に行われたOCG2010(オンラインゲーム&コミュニティサービスカンファレンス2010)に参加してきたわけだが、午前のセッションでの三つの発表が、それを象徴していたのである。

ひとつ目は、mixiの笠原氏による「mixiのオープン化戦略」、二つ目は長瀬慶重氏「ブログ、ピグ、なう。」、三つ目に守安功氏「モバゲータウンのオープン化について」。

さて、この三社による発表は「オープン化」「ソーシャルゲーム」を基軸に行われたわけであるが、わたくしは彼らの発表を聞きながら、猛烈にこう思ったのである。

「つまり、「僕の王国へようこそ」ということですね」

mixiアプリにおける「オープン化」は、アプリの場に他社が参入するものであって、そこにおけるmixiの上位性は一切揺らがない。mixiアプリを提供する側は、あくまでもmixiの傘下に組み込まれる形でしか参入することができないのだ。その発想は、これから所謂「オープン化」を進めようとしているモバゲーも変わらない。

もちろん、そこは商売だから仕方ない部分もあるのである。

だがしかし、このモデルは、自壊する。とわたくしは預言する。

なぜなら、あくまでもmixiやモバゲーという「領土」に固執している限り、そこで最終的に起こるのは、ユーザの取り合い、狭い領土内における「国盗り合戦」だからである。
その意味で、ここにおける「オープン化」は、言葉に反して、猛烈に「クローズド」なものだ。

これは、午後の佐々木氏のtwitterのスタンスと、皮肉なまでの対照を示していたのである。もちろん、そこには、twitterにおける収益モデルが、前者たちのモデルと全く違うという決定的な「強み」を持っているという「余裕」に基づくものにほかならないことは言うまでもない。そうであるがゆえに、twitterに席巻される「オープン」な未来を無条件に肯定することも素直にはできない。

こうした状況は、ネットワークにおける「文化的」な「グローバリゼーション」という観点で論ずることも可能かも知れない。
以下の予定で日本近代文学会北海道支部例会が開催されます。

私は行けませんが。。

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日本近代文学会北海道支部例会

日時:2010年3月13日(土)午後2時~ 
場所:北海道大学 人文・社会科学総合教育研究棟(w棟)5階 w517講義室

〈研究発表〉
1、内田百閒「山高帽子」論
  北海道大学大学院生 山田桃子氏
  (午後2:00~3:20予定)

2、 1970年代ホームドラマ論―『寺内貫太郎一家』『岸辺のアルバム』を中心に―
  北海道大学大学院生 江崎比呂子氏
      (午後3:40~5:00予定)
さて、今日の夜行バスで東京へ。

「21世紀の科学技術リテラシー」シンポへ参加します。

先日の北大CoSTEPシンポ「日本の"科学技術コミュニケーション"のこれから」でもtwitterの有効活用がなされていましたが、今回のこのシンポでもtwitterによるハッシュタグを活用するとのこと。

こうした試みは、まずこうした学会でデフォルトになり、その他の学会へと波及していくのでしょうね。

だがしかし、おそらく文学系の学会にこれが浸透するのは、半世紀後になるのであらう。合掌。
去る2010/1/30日、金沢にいらっしゃった中嶋康博氏と初めてお会いしてお話ししました。
中嶋氏は四季派を中心とした詩集の膨大なコレクションを所蔵するコレクター。
ネット上ではずいぶん前からおつきあいがあったのですが、お会いするのは初めてでした。しかし、初めてとは思えないほど話がはずむはずむ。
氏の守備範囲と私の守備範囲は、奇妙に相補的にずれているのも確認しつつ(なので、意外と自分が周知と思っていることが、相手は知らなかったり...(苦笑)、しかしながら基底にある問題意識を元に話が広がりました。

わざわざ金沢まで貴重な氏のコレクションを持って来て頂きました。中原中也や立原道造の直筆献呈本やら、ええええええ、というものがわんさかと。

非常に有意義なお話ができましたのです。

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