「クローズド」な「オープン化」戦略は必ず自壊する

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これは預言である。

昨日(2010/2/17)に行われたOCG2010(オンラインゲーム&コミュニティサービスカンファレンス2010)に参加してきたわけだが、午前のセッションでの三つの発表が、それを象徴していたのである。

ひとつ目は、mixiの笠原氏による「mixiのオープン化戦略」、二つ目は長瀬慶重氏「ブログ、ピグ、なう。」、三つ目に守安功氏「モバゲータウンのオープン化について」。

さて、この三社による発表は「オープン化」「ソーシャルゲーム」を基軸に行われたわけであるが、わたくしは彼らの発表を聞きながら、猛烈にこう思ったのである。

「つまり、「僕の王国へようこそ」ということですね」

mixiアプリにおける「オープン化」は、アプリの場に他社が参入するものであって、そこにおけるmixiの上位性は一切揺らがない。mixiアプリを提供する側は、あくまでもmixiの傘下に組み込まれる形でしか参入することができないのだ。その発想は、これから所謂「オープン化」を進めようとしているモバゲーも変わらない。

もちろん、そこは商売だから仕方ない部分もあるのである。

だがしかし、このモデルは、自壊する。とわたくしは預言する。

なぜなら、あくまでもmixiやモバゲーという「領土」に固執している限り、そこで最終的に起こるのは、ユーザの取り合い、狭い領土内における「国盗り合戦」だからである。
その意味で、ここにおける「オープン化」は、言葉に反して、猛烈に「クローズド」なものだ。

これは、午後の佐々木氏のtwitterのスタンスと、皮肉なまでの対照を示していたのである。もちろん、そこには、twitterにおける収益モデルが、前者たちのモデルと全く違うという決定的な「強み」を持っているという「余裕」に基づくものにほかならないことは言うまでもない。そうであるがゆえに、twitterに席巻される「オープン」な未来を無条件に肯定することも素直にはできない。

こうした状況は、ネットワークにおける「文化的」な「グローバリゼーション」という観点で論ずることも可能かも知れない。

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竹本寛秋について

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このページは、Hiroaki TAKEMOTOが2010年2月18日 09:35に書いたブログ記事です。

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