昨日(2010/2/27)、国際日本文化研究センターで行われた共同研究会「東アジアにおける知的システムの近代的再編成」での発表が終わりました。
「「新体詩以後」はいかにして「日本の詩の系譜」に接合されたか ―1920年代における「詩の起源」言説をめぐって―」というとても長いタイトルにて発表したわけですが、ここにおいて行った試みは、1920年代以降に猛烈に発行される「日本近代詩史」の著作を検討することで、「新体詩」がどのように「日本民族の詩の系譜」の中に位置づけられるかを検証したものです。
すなわち、「新体詩抄」にはじまると言われている「新体詩」は、ある意味、西洋からの影響により「接ぎ木」されたものとして、詩史の中の異物として存在していたわけですが、それが1920年代以降、「記紀万葉民謡歌謡」から説き起こされる「日本の伝統詩」の中にまさに「するっと」挿入されていく。それによって、「日本の近代詩」が言葉通りの意味として「日本が自然に生み出した日本固有の詩」としての位置づけを獲得していくわけです。
鈴木貞美先生からは「詩ばっかり見てないで、和歌とか別の文脈を見ていかないと...(以下省略)」というご意見を賜りました。いや、まさにその通りなのですが。。
その他にもブラッシュアップしていくポイントが明確になり、非常に有益な意見をいただきました。
さて、これを論文にせにゃああかん。。
以下の写真は、懇親会での某先生の灰皿...

「「新体詩以後」はいかにして「日本の詩の系譜」に接合されたか ―1920年代における「詩の起源」言説をめぐって―」というとても長いタイトルにて発表したわけですが、ここにおいて行った試みは、1920年代以降に猛烈に発行される「日本近代詩史」の著作を検討することで、「新体詩」がどのように「日本民族の詩の系譜」の中に位置づけられるかを検証したものです。
すなわち、「新体詩抄」にはじまると言われている「新体詩」は、ある意味、西洋からの影響により「接ぎ木」されたものとして、詩史の中の異物として存在していたわけですが、それが1920年代以降、「記紀万葉民謡歌謡」から説き起こされる「日本の伝統詩」の中にまさに「するっと」挿入されていく。それによって、「日本の近代詩」が言葉通りの意味として「日本が自然に生み出した日本固有の詩」としての位置づけを獲得していくわけです。
鈴木貞美先生からは「詩ばっかり見てないで、和歌とか別の文脈を見ていかないと...(以下省略)」というご意見を賜りました。いや、まさにその通りなのですが。。
その他にもブラッシュアップしていくポイントが明確になり、非常に有益な意見をいただきました。
さて、これを論文にせにゃああかん。。
以下の写真は、懇親会での某先生の灰皿...
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