山村暮鳥『三人の処女』(大正二年五月)テキストデータ
三人の處女
SAGESSE
T 創造の悲哀
獨唱
かはたれの
そらの眺望の
わがこしかたの
さみしさよ。
そのそらの
わたり鳥、
世をひろびろと
いづこともなし。
黒き猫
つくづくと芝生は惱み、
うづくまる黒き猫、
はつ雪か。われらがうれひは
媚びてあやしき裝藥す。
さて、肉體の蒼白く、
知らずして秘めし願ひは
それとなくきえ失せんとし
逡巡ひつ、その猫の瞳に。
河岸
いりひの疲れ……
しだれやなぎの
晝のためいき、
そよろと陰影。
うつくしや、
滅び行くもの、
にんげんの
かなしき智慧よ、
しづかなる光に
溺れて眠り、
やなぎの
枝を水にひく。
氣の迷ひ、
ちらと落葉す。
(煩悶は
玉のごとし)
心
稗をぬかずば農民よ
こがねなす、
田の面のひかり、
稗をぬかずば
淫慾にぬらす秘密の、
涙は朝の雨のごとし。
かなしみは光に黒く、
靈の上を長く。
農民よ、
空は唯、ひろしと言へど、
とこしへに汎きのみなる。
とかげ
(F樣に)
走る蜥蜴の
紫と金……夢のILLUSION.
廢園の園のなやみに
泌みてゆく、
さみしき入日。
(よきこと、おとづれたまへ)
絲の如く、
樹々の梢をわたる風、
年頃の心ともつれて、
さながらに吐息の如し。
沈思と榲悖
かろくとぢたる眼瞼よ、
榲悖の黄な吐息よ、
冬の日ざしのうつらと病み
眞摯なる夢がながれる。
榲悖の黄な吐息を
かなしみつ、
やはらかき暗示の描く
匂ひより深きは涙。
沼
やまのうへにふるきぬまあり、
ぬまはいのれるひとのすがた、
そのみづのしづかなる
そのみづにうつれるそらの
くもは、かなしや、
みづとりのそよふくかぜにおどろき、
ほと、しづみぬるみづのそこ、
そらのくもこそゆらめける。
あはれ、いりひのかがやかに
みづとりは
かく、うきつしづみつ、
こころのごときぬまなれば
さみしきはなもにほふなれ。
やまのうへにふるきぬまあり
そのみづのまぼろし、
ただ、ひとつなるみづとり。
IDEAL
空よ、時雨のつかれに
眠る落葉のすすり泣き
なだらかなる
をんなの吐息
わが眞晝の良心は
ひえびえと、
蒼白く、月の如し。
U 性欲と靈智
冬の辭
かはたれのどよめきが生む
うすむらさきの愛の靄、
沈鬱なる白き指先にて
いと、いと、輕く、
雪空はぴあのを打つ――
孤獨と執着
われは、その壁の色を
忘れ得ざり、
その悲しき愛を……
みだりがわしき合奏に惱み
水銀の如く、
影に、のがれむとして、
からむ(金堅)笛の單音。
いまも吐息のほのかなる
すべてのものは
忍びやかに彎曲し、
月の夜なりけむ。
わが希望こそ、おどろき易き
駝鳥の可笑しき首と、うごきつ、
しかして消ゆれど
その愛と影のみ、
唏嘘きして青き映畫に猶、逡巡ふ。
(金堅)笛は怪しき處女の性、
いつとしも無く、
はたと、絶え、
しづかに、おお、にほやかに
捕へられたる光よ。
途上所見
1
うす靄のなやみの
まひるこそ美しけれ。
雪ふり蟲ののぞみは
うす靄の紫、
あえかなる夢と溺れつ、
胸の秘密をかなしまむ。
あえかなる夢をたよりに
雪ふり蟲のとびかふ。
2
風は獣の如し、
樹々は
眞裸の女。
しづかなる日ざしの
つかれか、
夢と落葉。
にんげんなれば
幸無さを、
われと煩ふ。
冬
1
わがかなしみは故もなし。
わがかなしみはひえびえと
過ぎにし日を、
わけゆく風なれ。
冬のなさけのまぶしさに、
鸚哥の如くうつむきて、
うつろひ易き心の
しづかなるまぼろし描く。
2
希望は芒の穗にひかり、
冬は聲無き涙となり、
そつとわが心に忍ぶ。
おどろきやすき心の猫は
赤いとんぼの陰影に、
智慧なければ、欺かれつ、
古沼の鈍き日ざしと
うつろふよ、をんなの肌と
わが憂愁のながめは。
眺望
わが夢は
かきはりの畫のごとし、
そのうへに動く影。
惱まざるわが夢は
影をしていらだたしむ、
そよとしも風の匂はず。
たへかねし眼瞼のしぐさの、
いぢらしや、すすり泣きしつ、
心はまたも君へさまよふ。
V 聲
人生
榲悖は靈的に微温し、
日毎夜毎の、うす黄なる吐息は
にほひゆく死の陰影、
曖昧なる幻惑のびおろん。
おお、友よ、
わがあを白きふところ手は
夢の如く、季節を掴む。
その風景のかなしさに……
勤行夜牀章
Gよ、自鳴鐘は六を打った。
その悲しい柔らかな光で洋燈は
蒼褪めた私に嫉妬を描いた。
ながれる光が私のまぶたに溢れ、
私の好む沈黙が渦を巻くと、
不思議な花はしぼむ。
Gよ、(信實は走る季節より迅速にそして
憎らしいものだ)
けれどお前の圃に蒔いた種子を
私は悔んで、それに
涙をかけ樣とは思はない。
おお、愛の種子、悲哀の種子、
光を永遠な土にかくれて呪ふ種子、
それは眞晝であった。
一すぢの髪毛の夢で、
私がそつと生命をつないだのを
知つてるかい。眞晝であった。
床の上が青空になり、
玉の樣な靈魂の肌はすすり泣きして
眠る情緒の瞳を刺通した、
あの邪惡な銀の投槍で。
一秒すぎ、二秒、三秒……
どうしたものだ。黒い雪は
もはや降つてしまつて、
おお、自鳴鐘は七を打つた。
お前はつひに來ないつもりだな、
それでゐて、唯、うれしさから、
その、私も權利のある
孤獨の果實を落すのだろ。
いいさ、私はどうせ千鳥だもの、
でもGよ、つい、忘れかねてはあの海を
甲斐もなく呼んでみるのだ。
春を待つ感覺に
再び青い希望の甦るまで……
おお、自鳴鐘は八を打った。
またと歸らないものは
美しい線を引く、
おお、自鳴鐘は九を打つた。
私はあきらめまして、お月樣。
その憂鬱の誘惑が
雨となつたら私の頬はぬれますほどに
私は洋燈を消しますぞえ、
おお、お月樣。
怜悧で、浮気な、お月樣。
猫
罪は無けれど猫、
その夜の瞳の
ちろろと悶えまどろめる。
愛と幸とのなまけもの、
ものうさにともしびも燼えよかし、
わが闇は
めづらしき星を示さむ。
BEAUTY
感電した空の沈黙、
ものの匂ひの蝙蝠がちらほら、
やがて形作る夜の性、
愛は孤獨のさみしさに
拇指をそつと冷い唇にした。
まつたく忘れてゐたその希望の
どこでか遠く、
三味を離れた涙のうめき、
と、
わが靈は眼盲ひ、
するすると
落日の光にすがつて、
ひきずられた。
愛
憂鬱よ、その美しさに自ら惑ふ、
われは冬の鵯、
過ぎし日の赤き木の實をもとめつ。
きみが髪毛のうれしさに
からみ匂ふ空の秘密よ、
雪ならばちらちらと
燃ゆる眼瞼の上にふり、
枯草の堆積を埋めて、われらを
再び、夢に泣かしむべけれ。
力
われは力なり。
われは、かなしき光なり。
その、時ならず青々と
夢の如くのびし芽なり、
或は玻璃窓を匍ふ。
光
明石町のシヅヱ樣に
わが美しき感覺は
色白き鵝鳥のごとく、
三味線の糸の如く、
さみしさに、噫、SOLO-SERENATA.
季節は影なれ、しかすがに
わが庭園のすたれゆく夜の悩みよ、
わが噴水は
かなしき夢に甦る。
かがやく過去に「死」を忘れたる推移ゆゑ、
女よ、われは行方を知らず。
光
びんつけ油の匂ひ、
古めかしい髷の形、さては
鼈甲の中ざしの
飴色にきえやらぬ黒の斑。
手にさげたのは干鰈、
お婆さんの歩みの遅さに遲さに
あとから蹤いてゆく心、
それが小さい悶えをする。
椿の花の落ちてゐる
崖下のうら路、
またも噎返るやうな日向にでると
びんつけ油の匂ひ。
怖い眼をぬすんで
そつと見つけた水すましよ、
脆く、とろけてゆくMOODの
泥溝には夢が光る。
ほろびゆくもの
えぴそおど
1
ぶすぶすと希望のほめき、
冷酷な冬の理性の
光より薄きをんなの愛、
不安の空は信實なるゆめを求め
灰色にふせし眼瞼よ。
しづかなる力を感じ
而して躊躇はず、
赤きしぐなる燈、上る。
空をさ迷ふ樹葉の如く
わが蝙蝠は悲しみ、
こころの闇を飛びかふ。
2
冬は信實な心、
冬は斷末魔の聲、
冬はかなしき接吻なれ、
或は、死ぬる女の美しさ、
勿體ないほど美しいその雪空の
そつと沁んでゆく色を
ぱんかの如く、
餓ゑたわが靈は
しかと兩手に掴んで泣く。
3
暖爐の上なる猫は
こころよく眠り、
圓い時計盤より滴る青い夢、
垂直に、力をぬいて、
ぶらりとぶら下がった銅色の振子に
すがりつき、
あらゆる幸福は黙す。
「時」は一つ所で
ながれてゐる、
そして「現實」を凝視めてゐる。
4
にぎやかな線畫の如く、
水かげろふが搖れる。
どこかで、
光が呼んでゐる。
いのちよ、何がうれしいのか、
もののほめきの忍びやかなる
さぐりよるめしひの手つき、
芽は感覺に――
かほ
としよりのかほをみるは
ふゆのひのけはしきそらをみるがごとし。
ひたひなるつめのにほひ、
しの、ものすごきては
ひややかにかげをつくる、
いくすぢの、こはたましひの
うつくしきなげきのしわ、
そのしたに
ひかるめありて、
つくづくともののゆくすゑ、
はた、こしかたをながめつ。
よにおそろしきこともしらで、
ねむるこことのいとしさに
ともすればまぶたをぬらす。
騷擾
その曲線を見よ、
あやしき光のだんすを……
しづかなる蝿のあとより陰影は
ものの匂ひを嗅ぎ廻る。
黄に惱むSYMPHONIE.
床の上なるなつかしさを
とりかこむ氣壓よ、
何事もなし、
驗温器に眠る水銀。
AT HER GRAVE
樹の上の
鴉、鳴かず、
…………………………。
縷の如く、もつれて咽ぶ死の讃美に
淡い勞疲のかがやく時、
會葬者はただ一つの事をわすれてゐる。
冬にして黄い午後、
梢に鴉がとまつてゐる。
柔かい肌のやうな夕となるも遠からず、
梟は眼をしばたたき、草は冷え、女等は
さすがに受胎をおもはず……
かしこに小さい穴がある。
あはれ、怖しき土の匂ひは、にしきゑの
影の秘密を知らないで、
何の反抗も處女なれば、
そして欺かれて眠つたのは
十字架に聖くゆるせし瑪瑙の靈魂
その穴のふかさよ、
その穴の周圍は次第に暗くなる、
梢に鴉がとまつてゐる。
現世ばかりは悲しみの、一日の疲勞の
後の
此の心地よさを何としやう?
さびしくかくれて泪に浮ぶ微笑の
此の愛の暗示を誰かは知る?
冬の歌
ふゆのひのなごりの
CHORUS か、
かはのおもに
みづとりのゆめをながして、
みづとりのはねのかがやき、
うすいろのゆめをながして。
雪
ぺらぺらと
枯草は小さいうれしさに燃え、
どこか芝居の背景の
鋏できざんだ紙の白さに、
冬の日ぐれをちらちらと、
わたしの胸に雪がふる。
ぺらぺらと、
――燒あとの低い獨唱
春
ゆるくながれる雪解けの
木目のやうな水の夢、
ひそかに芽ぐむなつかしさは
戀をするものに
夢と影とのかたらひよ、
みあかぬ色のうす淺黄。
水邊にて
T 水かげろふの歌
雲を見たまへ。
あはれ、心のかげひなたを
冬と春とのゆきずり、
それとしもなき鐘が鳴る。
鐘が鳴る。
鐘より淡きおもひ出の
晝なれば窓の硝子の神經に射す
水かげろふの悲しさ?
U 譬喩
ころころ柳、猫柳……
おちつかぬ冬の感覺。
SWANよ
私の「愛」の泥ふかく、
をんなの欲しがる「夜」がある
ころころ柳、猫柳。
赤い灯かげの
私の性は水のにしきゑ。
三人の處女
指をつたふてびおろんに流れよる
晝の憂愁、
然り、かくて縺れる晝の憂愁。
一の處女をSといひ、
二の處女をFといひ、
三の處女をYといふ。
然してこれらの散りゆく花が廢園の噴水をめぐり、
うつむき、
匂ひみだれてかがやく。
びおろんの絃よ!
悲しむ如く、泣く如く
哀訴の、されどこころ好き唄をよろこぶ
銀線よ!
晝の憂愁……
理性の廢園
ECSTASY
三味線は、憎し、
蛇の肌のなつかしき青光り、
その悲しさに黙すなれ、
われは眠れるEMERAUDE.
ほのかに、ほのかに月の暈
心にひらき、
美しき糸をたどつて「死」の手の白、
そつと、夜はふける。
墓碑に
雛罌粟の
さくをも待たで、
わがともは
土にかげりぬ、雛罌粟の
さくをも待たで……
氈の上の哀歌
眞白き君が蹠に
ふまれて燃る、われは氈――
われは現世をかなしみて
君を求めず、
夜としなれば我と唯、君が頸の青き玉
夢そらごとのSERENADE.
君が瞳に「時」を知る。
そはやはらかに黙すなれ
この美しき氈の上、
ああ、死よ。許せ、くちつけの日に
わすれし泪を、
君が頸のその心無き玉。
SONATA
1
彩れる夢の悲しさよ。
わが生命は赤く、
おそろしき「美」の繊維をふるはせ、
萎みなやめる雛芥子は
わすれたる涙に、匂ふ。
彩れる夢の悲しさよ、
「記憶」にうかぶ歌のとぎれを
ほろび行くもの、
或は濡れにし「生」の線條。
2
ふけてゆくのは夜ばかり、
おお、夏よ!
夢は誘はれた、
露を紀念のねがひ故。
女の樣な無為のつかれに甦る。
あれさ、お聽き……
三味の音を
わたしの胸は悲哀の園、
まにら煙草の
けむりに咽ぶ……
月見草の匂ひ……
黄い花……
SILHOUETTES
1
わが靈の如き、緑玉よ
はかなき生命のかがやきは
鳴かで小鳥の飛ぶが如く、
或は夢に、ぬれて肌の景色となる。
さてこそ夜の序曲……
雪か懺悔の、枯れにし禾堆の上、
わすれて惱む愛欲のめづらしさに
忽ち涙の消去るなれど
時ならず、
胸なる渦の緑玉よ、
その安かさのいたづらなる。
季節は金と赤とに入り、
光は物のかげを匍ふ。
2
見よ、にほやかに夜ぞ下る、
それとなき月の光を。
君がうれひに夜ぞ下る、
夢の如くもにほやかに
ひと本のしだれ柳を、
やつれたる蚯蚓の歌を。
3
燕は、世にも悲しけれ。
あやめはさけど我が感覺に
あたらしき希望は歸らず、
あやめの花のものうさよ。
あやめの花の、さても白きを、
我が好めるは
死の如く、水面に落つる其影、
惱ましけれどその音なき影。
悲痛を論ず
遠ければ彼方の空、
わたしに何のかかわりもない
その空の雲の形。
私の眩しい瞳を指してくる
丘の圃をまつ直に
ほそい懶いCLARIONET.
これぞ黒い弔の歌、
大麥の穗並の光、
微風の樣な「無限」の暗示。
これぞ黒い弔の歌、
敷布の上の見つけもの、
唯、一すぢの短い毛。
愛惜と悲哀
月の冷酷、月のなぐさめ、
淫婦と蛇のひとみに光をもとめつ、
わが黄金の色ざめた心は
「美」の悲哀にある。
皮膚に、ぽと燃え上り、
信實を映じた感覺、
「いのち」と「力」と……憂鬱なる
玩具の時計の音、
蜻蛉に眠るわが靈智よ。
夜――夏のRYTHEME
ただれたる眞夏の光、
ひとみを呪へ、夜は踊る。
こざかしき晝顏の
花の如き脆きもの、
露にしをれて嗟嘆す。
いとしや、
眞夏となりつ、
眩めく影。
官能のせせら笑ひよ
みにくき疲勞、
何一つどよみ喚かぬものは無し、
さみしかる心の噴水。
黒いもの
見よ、おそろしい「時」の前兆に
ひなげしの花は美しく、
夜のかがやきに美しく、
音もなく萎れて散つた。
黒いもの、
夜のかがやきに美しく、
その上に、
雨がふる。
黒いもの、
その上に雨がふる。
やすらかに美しく、
心にかへる悲哀よ、
わたしらの園は廢れて
その上に雨がふる。
すけつち
まひるの夢をあざける
獰惡な夏の韻律、
腐れる「物」の美しさから、
光をうたへ、
毒草、溝の金ぽうげ、
蠢めく蛆をみる微睡が
むらさき色の、純銀の
無數の線に陰影をひく。
愛
小曲
1
秋の日ざしのしづかなる
とほく眼瞼に浮ぶもの、
うすら光のうるほひ、
うつくしき心の上に、
我は聽く
赤き蜻蛉のなげきを……
2
And-you will count before your glass, more kisses than the lily has. (Baudelaire)
悲みは凡、純白し、
殊に、をんなの頸をいたはり
その頸に匂ひ玉。
煩惱のくもりぞ知る、
――明日を。
その頸の玉ぞ知る、
甲斐なきものと、心を。
3
わが庭の入日よ、
冬近き樹々の葉、
冬近きまぶたに
はらはらと搖らぎつ、
ちりゆくは過ぎし日、
梢なる心の
しのびかに悲しむ。
NOCTURN
*
海の如く
海よりも瞳は青し。
女の「幸」ぞかなしけれ、
うつくしきものは煙の如し
わが夢の悩める。
*
夕月はわたしを泣かせ、
はつ戀は君を歌はす、
たよりなし、
凌霄花の蔓にかかれる
その花。
*
あちらこちらの青い空、
わが心の瀦には
小さな光の渦がまく、
(空こそは君の面なれ)
水すましに近づく死期よ。
銘
(島崎藤村樣に)
世に、いやし難きは蟋蟀のかなしみなれ、
梢をはなれて心の如き芬香となり、
とこしへの、ゆめぞ肌のなめらかなる
そも、錆にしはその月の頬這ふ涙。
木犀
木犀の花のかをりに咽ぶ……
秋の日のうすらさみしい光を浴びつつ、
頻りに、死をねがふ
あたたかな午後の靈魂。
涙が胸の上にぽとりぽとりと、
いつのまにか、女は記憶にしのび込み、
その音を聞いてゐたつけが
もう、すやすやと眠つてゐる。
木犀の花が散つたら……
……冬……冬、冬……
蟋蟀其他
*
ほんにいとしや、
それやこれやも女ゆゑ、
蟋蟀のかこちごと、
煩悶は玉の如し。
*
蟋蟀は
金の小さき十字架を
肌に秘めて、なく、
ゆめよりも悲し。
*
丘の上の
赤き旗は
君が髪の如く
明日を風に委す。
*
われは唯、單純を愛す。
磯山の草は
黄の花をつけぬ、
死ぬべき身なり。
憧憬
譬へば尼の、としわかく、
ともすれば心の弱く、
暮れてゆく日のよろこびに
言い難き秋の色あり、
うつくしや、頬なる涙。
かげ
L’ETE
はれた蒼穹より
ふる芳香、
それがぬらした
黄い南瓜の花。
晝の、ねがひの、醜さの
おもひ出ばかり、
夢は曲線の陰影を引く。
(戀のむだ花……)
夏のMOODの
雨こそ銀の槍の穗。
無常と月光
ひなげしの花は悲し。
尼の如く、
狂ほしき月の園、
おぼろに匂ふ。
ま白き肌に媚びて、知る
秘密のめざめ美しけれ、
やすらかに眠れる
淫らなるわが靈。
ゆめの、(ひなげしの怖れよ。)
くちつけなれば
輕らかにこそ、
わが靈のぬれたる。
影のELEGIE
やはらかさよ、
ふめばくづれる沙の上、
もだす光の溺れぬる。
(美しき死をこそ、思へ)
沙の上の月見草、
ためいきを水の如く、
いろざめし眞晝の
さりとて、心よき推移。
月見草かすかに、
よりそふは悲しき影
ただ、ふたつ、
其影のながれず。
桔梗と蜩
にしきゑのうみのいろよりかなしきは
むらさきのこきがため、
ききやうのはなは
ひるのひのひかりをつつんで
そとしぼむ。
かべのうへ、こころに
せまるたそがれの、
なつのおもひのあわただしさよ
もりのひぐらし。
哀悼
しきりに芳香の
散る晝なれだ、
そは、常のこと。
女は毒草……いぢらしき放埒に
おぼれて惱む、わが微睡……
小さきものは生命なれ。
いまさらの、
過去にうく泡の如き
夢のつながり、
輕く、その官能を花の如く、
月よ。或は瞳の如く、
唯、何も思ひたくなし。
賜物
いとしや、
肌のなめらかなる
しきりに涙ながる。
わが愛欲の花は、ほの白、
つかれながらに匂ふなれ、
林檎の樣な心はめざめに
ほと嘆息す。
廢園辭
秋草は紫苑と芒と……
しをらしや
その他、
ぱつたりと絶えた音楽、
美しい晝の悲哀は
梢を匍ふて雨となり、
そこに、さみしい銅像が
しよんぼり影の樣に、立つ。
卓上
ひえびえとこつぷの陰影、
薄荷草は
をんなの樣ないきづかひに
ひよろりと伸びる。
一ぱいの、七分は
夢の泡となり、
さみしさに曹達水、
脆き生命をひきくらべつ、
芬香はあたりに斑の如し。
賦
秋の日は瑪瑙の如し、
空行く雁のさみしからまし
わがゆめの
一列のながき思ひ出……
雨
晝の殊更、
さらさらと
忍びやかなる、
且て、をんなの腕の如く、
雨は現在、錆びにし涙。
風景
風景
蜩は、雨の如し
君が髪毛は
廢園の草より長く
もとめし秘密のよろこびに
君とあれども安からず。
時は八月、
梢なる眞晝の空、
空をながむる我が心、
いとほしや、ぬれにし眼瞼。
午後
いばらのはなのかなしみ……
あかいこころの、
はかなさぞ
とりとめなく……
いのちのやうなはなのうろこはおち、
つちのうへに
まぼろしをゑがける。
かぢやのかべはひわれて
とんかんとひねもす、
まぼろしをゑがける。
それもみみなれし
ふうふもの、
われとわがいばりをみつめ、
さみしさにわらふあかんぼ。
ひるすぎのにはの
あまいつかれよ
あかんぼのゆびのさきまで
ひかげは
おともなくはひよる。
秋の日の事實
T 噴水
――譬喩は、悲し。
秋の日の、
噴水の、
やすらかに眠れる。
こしからに
搖げるは
ひめにし「幸」か、
いたまし。
玉の如く、
なやむ心の
さてこそ、
脆き、その夢。
U 所現
その眼にとめた
空は餘に悲しかろ、
そして小さかろ、
赤とんぼ。
秋の入日の
うつくしや、心の如し。
V 屋根の草
青い心にかがやくものは屋根の草、
いとしや「明日」を繰返し
又雨のひそひそと……
屋根の草は黄い花をつけて濡れ、
わが神經は白金の樣に眠る。
女よ、女よ。愛はおぼれて暗がりを螢の樣に
ぽうと飛ぶ。
W 不可解
ながれ行く――
雲はかなしや――
音のなし……
秋の日の
その雲――
わが愛の如き
もろさに――
ふく風の、うつくし……
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